スペシャル インタビュー

心をとらえるシューマンの魅力とは?
プロジェクトのツボから日本の印象まで イッサーリス大いに語る。

<シューマンの魅力>

シューマンとの出会いについて教えて頂けますか?

もともと母がシューマンを好きで歌曲をよく聴いていたのですが、12歳の頃に彼の手紙を読み始めたのが、少年の頃の人生の転機になりました。チェロの先生のお宅で自分のレッスンの番を待っていたとき、先生の本棚にあった本をたまたま手にとったのです。文章表現の叙情的な部分にとても感銘を受け、天才的だと感じました。その頃はあまりに好きで「シューマン」という名前すら、すごく素敵な響きに感じられたくらいです。人生で最初に憧れたのはビートルズでしたが、次はシューマンが私のヒーローになったわけです。

シューマンの音楽の魅力を説明すると?

美しさ、想像力、そして詩があること、そして聴く人の心に魔法をかけること。シューマンは、聴く人一人一人に、自分に直接語りかけてくる、と感じさせます。聴く人が、シューマンの友人になれる作曲家なのです。とても創造的なのに、「作り上げた」というかんじが全くしない。シューマンの音楽は「感じる」ものであり、特に交響曲や協奏曲はそうなのですが、まるで「歌っている」ように感じられる、そしてその中で彼の最も深い部分にある秘密を明かしてくれる、そういう感じです。

シューマンを愛するのは、チェリストとしての立場からですか?

やはり人間として、でしょう。私は演奏する曲全部に対して、非常に強い感情をもっているのですが、シューマンという人間と音楽に、とても惹かれるのです。しかし私はシューマンがバッハより偉大だとは言いません。バッハはやはり究極の存在ですから。私にとってバッハは「神様」ですが、シューマンは「友だち」です。 シューマンは応援が必要な存在だから、とくに思いいれが強くなってしまうのかもしれませんね(笑)。成長するにつれ、多くの人がシューマンに対し、非常に失礼なことを言ったり書いたりするということを知りました。そういうものを目にしたからこそ、それは違う、シューマンは素晴しい、ということを伝えるのを使命として感じてしまうのかもしれません。自分のミッションとして、シューマンをもっと世界の人に知ってもらわなければ、と考えるようになったのです。難しいほど愛着というものがわくのかもしれません。

シューマンの音楽はどこか、気難しい、という誤解をされているかもしれませんね?

確かに「難しい」かもしれません。しかしバッハも、ベートーヴェンも、「難しい」ではないですか。偉大な音楽というのは、決して易しいものではなく、気軽に聴けるものではないのです。シューマンは聴く人の想像力というものを非常に要求する作曲家だと思います。また一部の演奏家で、彼の作品を愛してもいないのに弾く、という人がいるのにも原因があるかも知れません。とても残念なことです。
また、人々は、作曲家を、ロマン主義であるとか、完全に古典派であるとか類別したいという傾向があると思うのですが、シューマンはどちらの部分も兼ね備えていました。決して自分の世界だけにこもって仕事をしていたわけではないし、とても詩的な作曲家で、自分の感情を全て表現しようとした中でも、古典的フレーズというものを大事にしていたのです。実に多才な作曲家です。

今回のプログラムで多く取り上げている彼の後期作品については、作品としての価値に疑問符がつく、という意見もあると思いますが、イッサーリスさんはそういう意見に対し、真っ向から「違う」とおっしゃっています。

おっしゃるとおり後期の作品が疑問視される、という考えについては、私は全く違う意見を持っています。たしかに初期のものより後期のほうが、より理解しづらいということはあると思いますが、それこそがまさに作曲家の成長と発達なのです。彼はいろいろな道をさ迷ったわけですが、彼のたどった道を追いかけてみると、それが非常に価値のある道だ、ということがよくわかるはずです。成長するにつれ、彼の音楽はよりプライヴェートなものになり、より複雑になります。だからといって、初期のものと比べ劣るということは決してなく、より偉大になっていることが多いと思います。
彼は自分がまさになりたくない、と思っていた姿のレッテルを貼られ、批判を受けているのです。彼の音楽に関しては、知識を全て捨て、彼の音楽の自然な流れに乗ってゆけば、全てわかると思います。

今までに今回のようなプロジェクトはおやりになったのですか?

1989年にロンドン・ウィグモアホールで行ったシューマン・フェスティバルが、最初に手がけた大きな企画です。16回のコンサートで構成された壮大な規模で、あまり聴かれない曲を沢山取り上げました。やはり音楽祭をやるからには、新たな角度から光をあてて、皆に知ってもらいたい、そういうものがなければいけないと思います。そういう意味でシューマンというのは、やりがいのある作曲家としてトップではないでしょうか。シューマンの全150曲ほどのうち、本当に演奏されるのは、わずか20曲ほどに過ぎないのですから。


<シューマン・チェロ・仲間達>

チェロの響きはシューマンが好んだ響きだったのですか?

シューマンはチェロを演奏していましたから、チェロに対してはとても特別な感情を抱いていたといえます。だからチェロの「歌う」性質というのを、とてもよく理解し、チェロを「歌わせる」作品を書くことができたのだと思います。彼がピアノを弾けなくなったときも、母親に宛てた手紙で「少なくとも私の古い友人があるから」と書いています。チェロ曲では彼は楽器をどう演奏すれば派手な演奏効果を出せるか、というような考え方は一切せず、歌曲や、ピアノ曲を書くときと非常に似たアプローチをしていると思います。チェロはあくまで彼の詩的な世界を伝えるのにとても有効な媒体だったのでしょう。

シューマンは文学などほかの芸術分野からインスパイアされた部分が大きく、また音楽評論誌を発行して積極的に若手を紹介し、まわりの作曲家たちの素晴しさをとてもよく理解できる人だったそうですね?

そのとおりです。全ての偉大な作曲家は他の作曲家の偉大さを見抜く力を必ずしも持っているわけではないのですが、少なくともシューマンにはそれが出来た。彼はそうした意味でもきっと天才だったのでしょう。ショパンを最初に世に紹介したとても有名なフレーズ《諸君、脱帽しよう。天才が現れた》という一節はシューマンによるものです。
文学の影響については、初期のものと後期のものではかなり違うと思うと思います。彼が影響をうけたジャン・パウルのものは自分でも読んでみましたが、私にはあまりにも古臭い文体で、少ししか読めませんでした。一方、シューマンの実際に書いた文章はとても面白くて、大好きです。彼のものの見方は本当に素晴しいと思います。が、いまはああいう書きかたはできませんね。


<今回のプロジェクトについて>

イッサーリスさんは海外でも色々と一風「珍しい」作曲家を取り上げたプロジェクトの企画をされているようですが、どういう理由があるのでしょうか?

それはもうその音楽に恋してしまったからですよ!(笑)面白い冗談を聞いたら、それをほかの人に伝えたい、とでもいえばわかって頂けるでしょうか。私が大好きな音楽があったとしたら、その音楽の素晴しさを絶対に楽しんで頂けるだろう、と思う人と、その素晴しさをシェアしたい、という気持ちなのです。

来年のプロジェクトで一番伝えたいものは?

シューマンへのより深い愛情を持ってもらえれば・・・。そういう気持ちを伝えたいと思っています。シューマンが自分の人生に大きな喜びをもたらしてくれた、その喜びを皆さんと分かち合いたいのです。

リサイタルプログラムではチェロ曲のほかに、ご自分で別の楽器から編曲した曲も多く取り上げています。冒頭の「ヴァイオリン・ソナタ第三番」は聴く機会も少ない曲ですね。

私は今、この曲の素晴しさをもっと広めたいと思っているのです。3つの「ヴァイオリン・ソナタ」、いずれも、とくに「第3番」は、とても素晴しいのに、ほとんどコンサートで演奏されないのです。かなり変わったところのある、極端な曲ともいえますし、彼の最後の偉大な作品だったともいえます。チェロに編曲しようと思ったのは私自身の考えです。低音を多く使いますので、チェロのほうにより向いているともいえます。「難しい」という意味では、技術的にはもっとも難しい曲ではないでしょうか。

確かにヴァイオリンにしては低い音域が多く使われています。

そうなのです。だからヴァイオリニストはあまりやりたがらないのですよ!そう言うのはダメなヴァイオリニストだけですけれど(笑)。ですからそういう人々にぜひ考えを改めて頂きたいと思います(笑)
シューマンの曲はどれも偉大な曲ばかりですから、リサイタルプログラムは本当に素敵なものです。

室内楽ではクララやブラームスなどシューマンの身近にいた人たちの曲もプログラムされていますね。

もちろんクララとブラームスの関係、というのは皆さんご存知だと思います。
シューマンとブラームスが実際触れ合った時間は一緒に住んでいたわずか4.5ヶ月のシューマン晩年の非常に短かい期間だったわけですが、それがあまりにも有名になってしまいました。
が、確かにこの三人はとてもつながりが深いと思っています。シューマンが晩年に書いた作品はブラームスがすでにいた時代に書かれていますから、そういう意味でも彼らの音楽は非常に深く影響しあっているわけです。
クララの手紙を読んでみると、彼女はシューマンよりもメンデルスゾーンを尊敬し、より影響を強く受けていると思います。私は彼女を人間としてよりも、作曲家としてとても高く評価します。私が彼女の三重奏曲をプログラムに入れたのは、とにかく音楽そのものが本当に美しいからです。歴史的に云々、ということより、音楽が素晴しい、と感じることが重要です。

ブラームスの「ピアノ四重奏」もはいっています。

ブラームスがこの四重奏を作曲したときの記録が出版社に残っています。シューマンの死にショックを受ける一方、クララへの恋の渦中にあり、また父親の死など、非常につらい状況があった・・・そういう背景の中で書かれた曲だ、ということがわかります。ちなみにコンサートのプログラムの演奏順でも、クララとシューマンの曲の間にブラームスが割って入っているのですよね(笑)
ブラームスがシューマンに惹かれながら離れてゆく経緯というのがとても興味深いと思います。彼は初期の頃にシューマンに大きい影響を受けましたが、どんどんシューマンのロマン主義から離れ、古典派の作曲家のようになってゆきます。が後期になると、また自由になり、またシューマンの影響を感じさせる作品を書いている。シューマンとブラームスのそういう面を対比するのも面白いですね。

ところで室内楽の共演者はイッサーリスさんご自身がえらんだのですか?

そうです。相曽さんと藤田さんは英国からの来日で、2人とも私が芸術監督を務める英国コーンウォールの室内楽セミナーに関わる方です。相曽賢一朗さんは私の姉と結婚した義理の兄弟で、東京で共演したこともあります。藤田ありささんの演奏は、コーンウォールで初めて聴いてその素晴しさに衝撃を受け、以来一緒に活動する機会をもってきました。ピアノのネルソンは、私が企画した「タネーエフ音楽祭」でヴァイオリンのレーピンらと共演して以来の仲です。今回はハンガリーのデーネシュ・ヴァールヨンが来日できなくなり代役として全ての日程を引き受けてくれました。彼に参加してもらえたのはとてもラッキーだったと思います。

ほかにも企画があるようですね。

シューマンのチェロ協奏曲を神戸と東京でやります。それからレクチャーでは後期の作品について語るつもりです。それと子どものためのコンサート。私は子どもが大好きなので、イギリスでも似たようなことをしているのですが、ニューヨークでも、2006年の秋から、子どもたちのためのシリーズを行う予定です。前回来日時の、子どものためのコンサートでは、本当に子ども達の知的な反応が素晴しく、とても楽しかったです。私の書いた本のリーディングをしながら演奏しようと思いますが、子どもたちが小さい頃からシューマンを聴かせて、皆シューマンの愛好家にしてしまうことを狙うといのもいいですね(笑)私は本を書いたときも、子どもと両親のために書いたつもりです。両親が大きな声で、子どもに読み聞かせをしてやるということも考えました。子どもにいいものは大人にもいい。そう考えているのです。


<日本の印象>

日本には相当回数来られています。風景、聴衆など、日本の印象については?

演奏のために訪れることも多いし、それに私のチェロも日本音楽財団からお借りしているものですからそういうご縁もあり、家内の兄弟も神戸に住んでおり、東京にもたくさん友人がいますので、今では日本が大好きになりました。
初来日のときには、「全く違う世界だな」と思ったのですが、なれてくると、「それほど違わないのだな。人間は何処に行ってもやっぱり人間なんだな」と思うようになりました。今では相変わらずお箸は使えませんが、日本食の美というものも理解でき、大好きになりましたよ(笑)。
日本の方々は非常に礼儀正しく、音楽会でも非常に静かに聴いてくださる、これはとてもうれしいことです。思いやりをもって心をこめて接し、人々が音楽を愛してくださる、音楽が自分の人生にとって重要だ、と思っているということが素晴しいです。文化の中に音楽が定着している国、というのは行くのが楽しいです。どんなに風景が美しくても、食べ物がおいしくても、聴衆の方々が音楽を理解しない、興味がない、という国には行きたいと思いませんから。


<ガット弦・チェロ・自分自身の活動について>

ガット弦を使う理由、そしてガットを使うことが音楽に与える影響は?

理由は、好きだから(笑)。6歳で、チェロを始めたときからそうだったのです。
ガット弦を使うのは、「それが私の音楽的な声だから」です。変えることはできないと思います。この音というものが自分にとって一番シンプルな、自然な音なのですから。多くの人は今でもガット弦は音が小さく、他の音と違い優し過ぎる、というのですが、実際には音量は全く同じで、ただ音の質が違うだけなのです。
バロックや古典だけでなく、1945年以前に書かれた曲、例えばシューマン自身も、実際スチール弦を聴いたこともなく、皆ガット弦のために書かれているのですから、ガット弦が表現にあっています。あえてスチールがいいと自分で判断して使うときもありますが、戦後の曲でも私はやはりガット弦を使うことが多いです。
ガットは音の美しさが際立っていると思います。多くの音楽というものは、私は静かに演奏すべきだと考えています。叫ぶべきではない、作曲家が何かを語っているのに、それを怒鳴らなければならない、というのはすこし違うと思います。私が静かに演奏すれば、聴衆のほうでも、音を聴きとろうとして注意深く耳を傾けてくれます。私にとっては、内面的なハートに届く音、語りかける音楽というのがとても大切なのです。

イッサーリスさんのロマンチックな個性がチェロと、またシューマンととても合うのでしょうか。

ありがとうございます。シューマンを演奏するにはどうしても、情熱的なロマンチシズムが必要だと思いますが、例えばハイドンを演奏するときは、私は別な人間にならなければならないと思っています。音楽家というのは俳優と同じで、ハイドンとシューマンは全く違う作曲家ですから、演奏家は彼らの音楽言語の違いを理解して、それなりに違う役柄になりきらなければいけません。シューマンというのはそう意味で、もっともロマンチックな作曲家だと思っています。

楽器についてお聞きします。今弾いているのは日本音楽財団のストラディヴァリですね。

今三台のチェロを弾いているのですが、最初に所有したチェロはガダニーニで、これはシューマンの協奏曲CDを録音するのに使った、一番プライヴェートな、美しい、優しい、本当に親密な感じのする楽器です、モンタニャーナは、主にショスタコーヴィチやカバレフスキーの協奏曲など、スチール弦の曲に使います。

全てを可能にするのが、ストラディヴァリです。が、以前ストラディヴァリをショスタコーヴィチの演奏に使ったことがあったのですが、演奏中に楽器を叩くところがあるのです。そのときに楽器が私の方をじっと見つめて、「私を叩くなんて失礼な。私はストラディヴァリよ!」というような顔をされてしまったので(笑)、それ以来その楽器はそういう曲には使わないのです。偉大な楽器というのは、魂を持っているのですから。

子どものための二冊目の本を書き終わったそうですが、また続けて出してゆかれる予定はありますか?

いいえ。もう絶対いやです(笑)。書くことは好きですが、人生の時間がそれだけにとられてしまいますから。(笑)最初に書いた本のときは、例えばベートーヴェンに関しては資料として薄い本2冊分くらいを読んだ程度だったのですが、2冊目の時は、チャイコフスキーに関してはかなりぶ厚い本7冊を読み、もう完璧主義者のようになってしまって、のめりこんでしまったので・・。もともと息子のために書いていたものですから、彼ももう大人になって、その必要もないでしょうし・・・・(笑)。
本の中ではことさらにチェリストとしての自分を意識しているわけではありません。子ども達に、音楽を好きになってもらいたい、子どもが好きだから、音楽が好きだから書いたのであって、必ずしもチェロを弾くこととこの本を書いたことは関係ないのです。

イッサーリスさんご自身が相当ユニークな方だと思うのですが、どんな子どもだったのでしょうか。

24時間付き合わなければいけない自分自身の立場で言わせていただくと、結構つまらない人間ですよ(笑)。子ども時代は非常に気難しく、きっと周囲から嫌がられていた子どもではなかったでしょうか(笑)。けれど姉2人がずいぶんよくしてくれました。それと犬が仲良しでしたね。

演奏以外に趣味は?

読書、食べること。そして映画鑑賞。お笑い、コメディーが好きです。読書は小説です。もちろん音楽の本もたくさん読みますが、一番好きなのは、19世紀イギリスの推理作家、ウィルキー・コリンズ。ノンフィクションも読むことは読むのですが、とにかく、良い文章を読むのが好きなので、音楽と関係ない本を多く読んでいるかもしれません。ところでコリンズの研究学者の最高峰の方が2人いますが、1人は日本人で、もう1人は英国人ですが、これもやはり日本に住んでいるのです。そしてシューマンの研究者として世界的な権威の一人もやはり日本人なのですよ。おもしろい偶然でしょう。日本ではシューマンも、チェロも人気があるし、日本人の方は繊細で良い趣味の持ち主なのでしょう(笑)。来日を楽しみにしています。

2005年9月 東京にて 写真:幸田 森

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