• トップ/
  • 劇場運営マネージメント講座 シリーズ「これからのインクルーシブ社会と公立文化施設の取り組み」 第15回 情報のユニバーサルデザイン「ウェブアクセシビリティ」の実践と検証

講師の武者圭さん 育成 2

神奈川県民ホール

劇場運営マネージメント講座
シリーズ「これからのインクルーシブ社会と公立文化施設の取り組み」
第15回 情報のユニバーサルデザイン「ウェブアクセシビリティ」の実践と検証

  • 2022年3月30日 実施
  • 中区福祉活動拠点 なかふく 多目的研修室

(前回より続く)

二回目の実践編をお願いした武者さんは、視覚障害、軽度呼吸不全、骨生育不全などの重複障害を持っています。そう聞くとさぞ大変かと想像しますが、ご本人はこれが普通ですと気にしていません。そんな武者さんの回は、めったにしないという自己紹介から始まり、学生時代に先生から言われたこんな一言が紹介されました。

「視覚障害者はデザインができない」

 

障害の有無に関わらず、誰でも同じ体験ができるという考えがウェブアクセシビリティの根本です。時が経ち、サウンドスケープデザイナーとなった講師は、当時の先生とは違う意見を持っています。

「絵コンテが書けないとデザイナーになれないというのは、思い込みです」

 

自己紹介の後は、普段どのようにウェブから情報を得ているかのデモンストレーションです。先ずはスクリーンリーダーを使ったページの読み上げ。超高速です。全く聞き取れません。理由についての説明はありませんでしたが、交通や連絡先といったアクセス率の高い情報は、上の方へ置いておくと親切です。そうでないといつまでもスクロールし続けることになります。

 

ページに掲載する写真について、なるほどという話が聞けました。例えばあるウェブサイトに花の写真が掲載されていたとします。そこに文字を埋め込まず「画像」と読み上げるか、文字を埋め込んで「大きな赤い花の画像」と読み上げるかでは、イメージの膨らみ方が違ってきます。テキストだけの世界に華やかな彩りが生まれるような感じでしょうか。これは写真にちょっと手を加えれば済む話ですが、このちょっとの積み重ねが、障害の有無に左右されない同じ体験に近づく方法です。

 

続いて、ウェブアクセシビリティの問題点を体験できるサイト、仮想都市「駒留市」が紹介されました。この仮想都市のサイトでは、ウェブアクセシビリティの達成度合いを設定することで、様々な困りごとが体験できます。よくできているので、ぜひ試してみてください。

そんな「駒留市」のサイトを紹介しているとき、本当に困る事態が発生しました。サイトに埋め込まれた動画を再生しているとき、矢印がくるくる回り始め、読み込み状態から抜けられなくなったのです。最初は会場のWi-Fiが不安定なのかと思っていましたが、講師のパソコンがアップデートを始めていたことが、後で分かりました。見えている人であれば直ぐ解決できますが、そうでない人には大きな困りごとです。

 

実は、武者さんの回は、当日に至るまでにも幾つかの困りごとがありました。

最初は講師依頼書の書式です。一枚の紙の上段に依頼文、下段には記入欄がある、行政がよく使う書式です。下段の記入欄は表形式になっていて、名前、住所、口座番号等を書く欄があります。このワードに埋め込まれた表形式は、スクリーンリーダーで読むことはできても、記入することができません。更に捺印と改変防止のためにPDF化して返信してくださいと、実に無知で申し訳ないお願いをしてしまいました。

 

講師持ち込みのパソコンの確認にも困難がありました。映像出力端子の形状を尋ねると、ポートを触った感じはUSBという答えでした。そこで初めて気づいたのですが、武者さんはご自分のパソコンを触ったことはあっても、見たことはありません。そこで購入年と画面サイズを頼りに、メーカーサポートに型番を問い合わせでみました。ざっとこんな内容です。

 

「目の不自由な方の代筆です。その方は御社のパソコンを使っています。2010年頃の製品と思われます。特徴は最後のB5サイズのノートということです。これで型番は分かりますか?」

 

メーカーの返事は、

「型番を調べるには、以下のリンクをクリックしてシリーズ名を選択してください」。

AIによる完全なテンプレートです。そこで返信。

 

「その方はほぼ全盲で、まわりに目が見える人がいない状況にあることをご理解ください。質問を変えます。最近15年間でノート型PCに搭載した映像出力端子を全部教えてください」

 

返事は「型番を調べるには、以下のリンクをクリックし…」のままでしたが、別枠でコメントが付いていました。

「お困りの状況と思われます。弊社がここ15年間で搭載した映像出力端子はHDMIとD-Subの二種類のみです。問題が解決しないようなら再びご連絡ください」。AIではなく人間が解決してくれました。

 

そのころ武者さんは、購入時に登録したユーザーサイトにログインし、本体情報を確認しようとしていました。しかしセキュリティが強化されたようで、文字入力は突破できても、最後に画像認証が待ち受けていました。ここで行き止まり、お手上げです。

 

些細な問題と考え見過ごすことが、ある人にとっては大きな障壁となり、想像力を働かせる機会を奪います。今回の講座に関して言えば、無駄に画面をスクロールさせない、写真にタグを埋め込む、テキストに表を組み込まないといった、少しの手間で解決できることばかりです。視覚に障害があるからデザイナーになれないのではなく、機会を奪われているからなれない人もいるのだ、そう学んだ90分でした。

このページを印刷