• トップ/
  • 劇場運営マネージメント講座 シリーズ「これからのインクルーシブ社会と公立文化施設の取り組み」 第11回 やさしい日本語で伝える

こうしの前田りかこさん 育成 2

(C)神奈川県民ホール

劇場運営マネージメント講座
シリーズ「これからのインクルーシブ社会と公立文化施設の取り組み」
第11回 やさしい日本語で伝える

  • 2019年11月8日 実施
  • 中区福祉活動拠点 なかふく 多目的研修室

「間もなく開演いたします。ロビーのお客様は、お席へお戻りください」

コンサート会場ではこんなアナウンスをよく耳にします。丁寧で品の良い言葉使いは耳に心地よく、コンサートへの期待感も高まります。その反面、丁寧であるがゆえにアナウンスの内容を理解できない人もいます。

今回の講座のテーマは、やさしい日本語です。
やさしい日本語は、日本語を母語としない人にも理解しやすいように開発された日本語表現の一つです。研究が始まったきっかけは、1995年の阪神淡路大震災にさかのぼります。

大規模な災害が発生した直後の被災地では、行政からの情報が極めて重要な役目を果たします。阪神淡路大震災の時も、危険な地域からの避難勧告、避難する場所、給水車や配給の時間など、命にかかわる情報が行政から次々と発せられました。しかしその時使われた日本語の表現が丁寧でまわりくどいものだったために、日本語を母語としない人には理解できず、二次被害に遭う人が多く出ました。
この経験を教訓に、日本語が苦手な人でも理解しやすい日本語の研究が、弘前大学の佐藤和之教授(社会言語学)のもとで進められました。日本語を母語としない人でも理解しやすい単語や文法の選別、適切な一文の長さ、日本人の考える簡易さと、母語の異なる人の考える簡易な表現の違いの研究など、聞き間違いの要素をつとめて排除した、簡潔な日本語表現が開発されます。こうして、今日のやさしい日本語の基礎が出来上がりました。
(やさしい日本語作成を手伝ってくれるソフトウェアがあります。 やんしす やさしい日本語支援システム

今回講師をお願いした大東文化大学の前田理佳子先生(日本語教育学)は、佐藤先生のもとでやさしい日本語の研究をされていた方です。そして会場は、いつもお世話になっている中区社会福祉協議会さんの研修室をお借りしました。

講座は二部構成で行われました。先ず一部ではやさしい日本語研究が始まった背景、東日本大震災で被災した在住外国籍の人たちのインタビュー映像、行政で使われているやさしい日本語の例を見ていきます。
続く二部のワークショップでは、事前に用意したアナウンス原稿や会話例をやさしい日本語化します。一部で習った通り、二重否定(しないわけではない)、本来の意味と違う用途で使われている外来語(ライフライン)、擬態語(ドンドン)は使わない、なるべく平易な単語と表現を使う(津波の心配はありません→津波は来ません)などの注意点を意識しながら編集作業を進めるのですが、これが意外と難しくかつ面白い。確かに文章の編集能力だけで、ある程度伝わる表現に変換はできます。情報伝達ツールとしての機能は果たしますが、意外な落とし穴もあります。例えば開演時間を聞かれて「19時です」と答えたとします。相手が日本人なら問題ありません。でも会話で24時間表記を使う国は世界的には少数なのです。だから相手が聞き間違えないように伝えるなら、「夜の7時です」と答えた方が安全です。このちょっとした心遣いで、やさしさは増します。 
(7時を「ななじ」と発音して1時「いちじ」との混同を避けると、更にやさしさアップ!)

では、冒頭のアナウンスをやさしい日本語にしてみます。

原文「間もなく開演いたします。ロビーのお客様は、お席へお戻りください」
具体的に何分後とは表さない「間もなく」という言葉、特定の場所にいる人だけに向けた「ロビーのお客様」という言葉、これらは補足的な情報なので削ってみます。

「開演いたします。お席へお戻りください」
言葉数を削っても意味は十分伝わります。でも「開演」は日本語能力が高くないと理解が難しいので平易な言葉に置き換えます。「お戻りください」も、婉曲的に着席を促す言葉なので直接的な表現に置き換えます。

「始まります。席に座ってください」
すっきりしました。でも「開演いたします」が「始まります」になっても主語がないままなので、暗示的な表現に慣れている日本人以外には通じないかもしれません。そこで何が始まるかを加えます。「席に座ってください」は、もしロビーにいたら慌てて近くのソファーに座ってしまうかもしれません。そこで一言付け加えます。「席」という言葉も、念のため平易にしてみます。

「コンサートが 始まります 自分の椅子に 座ってください」

いかがでしょうか。

このページを印刷